せやな。

チラ裏なのだけれども、最近チラシ無いので。

なめらかな世界と、その敵、と読者

 著:伴名練 「 なめらかな世界と、その敵 」を読んで。思ったことを記載する。

 

 短編集ってのは、読むにあたってほんとにエネルギーを使う。「短編集なら短編集って大きく書いとけよ。」って、二つ目を読み始めた段階で、口に出して言ったのは記憶している。この本に対する苦言は短編集であるという一点に尽きる。

 

 また、この記事を書くにあたっていろいろな人の書評を読んだが、一つだけ言えるのは「SF読むやつは矛盾を追求するな!」である。作者が意図していない部分の矛盾(技術的矛盾、無知故の矛盾)はSFを楽しむという行為を完全に阻害してしまうからである。

これだけはどんな作品を見る時も心に留めておこうな。

 

さて、備忘のために本作で収録されている短編を羅列する。

 

1.なめらかな世界と、その敵

2.ゼロ年代の臨界点

3.美亜羽へ贈る拳銃

4.ホーリーアイアンメイデン

5.シンギュラリティ・ソヴィエト

6.ひかりより速く、ゆるやかに

 

以下 感想とネタバレと楽しさを

 

1.なめらかな世界と、その敵

 そこで終わるのか!?と強く思ったし、ズルいとも思った。道理で序盤から展開が熱いわけだ。

 世界観は、現代社会がベースとなっており、そこに「乗覚」と呼ばれる能力が追加された形である。乗覚とは他の世界線に乗り移ることができる能力で、乗り移った記憶が保持されている。全員がシュタインズゲートの主人公みたいな状態である。

 主人公ももちろん乗覚を持っている。世界中のみんなが持っている。そんな能力を持っていない昔の友達が転入してきた。

 

 という導入でなぜ乗覚を失ったのか、などの話につながっていくわけだが、まず非常に世界観に入りづらい。感覚的にはプルーストの「失われた時を求めて」か?と突っ込みたくなるような読みづらさ。乗覚という世界観の説明を乗覚を使って意識を移動させている主人公を描くことで行っている。(言語化したら余計分かりづらい)

 具体的に言うと前後で風景が切り替わるから、辻褄が合わずに混乱するのだ。あれ?主人公、親と今話してるけど、前の文では親どっちか死んでなかったっけ?え?幽霊あるタイプの小説!?となり、購入したことを軽く後悔する。

 そして乗覚の世界観をおぼろげに掴みかけたあたりで能力の説明が入る。頑張って解読したのに。。。

 ただ、この本のすごいところは本当に休む暇がなく話が進むところだ。世界観が分かってしまえばこっちのもんだ。と言いたくなる。乗覚消失の謎解きから、誘拐事件、そして主人公の思い切った行動まで、ページが進む進む。こんな序盤でページターナーの片鱗を感じれるのか!と感動する。

 そして、序盤が終わり次の章。。。と移ると。

 

2.ゼロ年代の臨界点

 あれ?さっきまでの登場人物は?となる。まあ、群像劇仕様なら仕方ない、よくあることだと、思い切って読み進めると気づく。あれ?もしかして短編か??これ????

この段階で絶望した。SF短編小説の何がつらいって世界観をインストールするまで時間と体力を使うからだ。SF小説は世界観を掴むという作業が必要なのだ。これがあと、何回続くの???そして、なめらかな世界はどこいった!?続きは!?となる。俺たちの戦いはここから感があっただけに悔しい。

 

 さて、そんな短編に対する愚痴もほどほどに、ゼロ年代の臨界点について。この章は正直、自分が理解できていると思えない。SFの巨匠の成長を批評形式?で表現している。ただ、本当に表現しているのは。

 

 一回目に読むときは、正直なんの起伏もない物語である。読者の知らない虚構のSF歴史を批評形式で記載されているため、退屈で仕方ない。しかし、一番最後のページで「?」クエスチョンマークが発生する。この時の感覚はイニシエーションラブを読んだ時の感覚とそっくりであった。この熱を感じたからには読み返さずにはいられない。

そして、2回目でようやく気付く。あれ?遡ってんのか?と

ちりばめられた伏線を一つ残らず回収するにはまだまだ時間がかかる。

 

3.美亜羽へ贈る拳銃

 とても素敵な恋の文。SFなのに、分かりやすい世界観だった。意識を強制的に書き換える技術がある世界。どこから語るか非常に迷うが。

 美亜羽は天才であったが”人格自殺”みたいなことを行う。自殺した理由を読者は考えずにはいられない。人格が死ぬというシーンは「青春ブタ野郎」シリーズで妹の人格が死ぬ。というシーンがあったがあれに近い。というか今思うとあれも立派なSFでしたね。いやあ、いい話だった。泣ける。

 BC美亜羽とAD美亜羽のどっちが、主人公にとってどうだったのか。何よりも主人公はBC美亜羽が好きかもしれないけど、読者サイドから言わせてもらえばAD美亜羽の方が好きなのだ。勘弁してほしい。

 そして読後、ふいに冒頭が気になってしまうのだ。この話は拳銃という言葉に踊らされ、人格の死に対して深く考えさせられ、そして惚気を見せつけられる。

 

4.ホーリーアイアンメイデン

 妹から一方的に「この手紙を読んでるとき、私はきっと死んでます。理由は追々伝えるね。」という手紙がひたすら届く。というものだ。徹頭徹尾、書簡形式で書かれる内容に、徐々に入り込んでいく。SF的な特異性として、姉だけが能力を持っている。触れたものを洗脳するという力だ。決して悪用している訳ではなかったこの能力が軍事利用されていく。それを遠くから見ていた妹は徐々に恐ろしくなっていく。

一緒に恐れていた軍の洗脳担当者も、意図せずではあるが洗脳されてしまう。姉を恐れる人間が妹一人だけになったときどうしたか。

 物語の面白い点としては、過去の回想が徐々に手紙を書いている時間にシフトしていく感覚だろうか。時間が現在にシフトしていくにつれて謎が解明し、物語の輪郭みたいなものがくっきりしていく。

 妹の企みが上手くいったのか。今でも気になってしまう。

 

5.シンギュラリティ・ソヴィエト

 これは非常にツボに入った。もともと長谷敏司さんのBEATLESSがとても好きなのだ。故にハマらないわけがない。

 アメリカとソ連の戦争なのだが、両国とも国を統べるスパコンがある状態。AIに世界が乗っ取られた状態で人権がどうあるべきか。という大好物の思想である。この短編内では、両国のエージェントが対決する構図であるが、どこまでいってもAIが先手を打っている。ありとあらゆる局面をAIによって牛耳られており、私生活まで設計されている。とち狂った世界で人権はなく、ただAIから生活を与えられているような雰囲気だ。

 AIのせいで親族を自分の手で殺している過去を持つが、それすらも許容している。という骨抜きになった人間の様を見れる。

 

6.ひかりより速く、ゆるやかに

 低速化現象という災害がSF要素だ。やはりSFとは謎に対して検証するという構図が一番おもしろいな。と感じさせる。

 主人公が参加できなかった修学旅行で好きな人が乗った新幹線が異常なほど低速化し、外界からの干渉を一切受けない状態となってしまう。同じく修学旅行に参加していなかった尖ったクラスメイトとともに長い月日をかけて低速化現象を解決するために試行錯誤するという内容だ。

 まず、試行錯誤、検証の時点でSFとして十分楽しめる内容になっている。そこに、主人公の人間味が加わる。この本の中で一番「人間っぽさ」がある主人公だと思う。優柔不断だったり、世間の流れに流されたり、目の前にぶら下がる果実に対して迂闊に手を伸ばしたりしてしまう。正反対の尖ったクラスメイトが居ることで、余計に主人公の人間っぽさが露呈する。

 読後、メッセージ性を感じ取るなら「いい年になっても、目指すことをやっていいんだぞ。」というメッセージに感じなくもない。

 

【まとめ】

 まず、短編集であることに対して非常に文句はあるが、短編集故の展開の速さと盛り上がりはとても良かった。やはりSFなので、導入に多少苦労はするが、本当に導入が出来さえすればページが進むのだ。

 内容について、全体を通してメッセージ性があるような内容ではないと思う。いや、須らく小説というものはそういうもので良いのだ。

 

 本書はSFのありとあらゆる手法がちりばめられており、SFの楽しみ方を教えられているような感覚になるだろう。SFの楽しみ方をすでに知っている人間は、過去のSF作品との”同窓会”のような気分になることだろう。

 

 また、何よりもこの本で一番気持ちいのは、明確な伏線とその回収だ。物語の良さってのは伏線だけじゃないとよく言われるが、やはり伏線が回収されるときの感覚は何物にも代えがたいだろう。